ばーすだいありーより

Aさんより

出産から5日目の今日、ふたりそろって元気に退院の日を迎えられました。

結婚して1年が過ぎたときにこの妊娠を知りびっくりと同時に喜びでいっぱいだったことを思い出します。このとき私は41歳!雑誌などを見ると高齢出産についてのリスクが載っていて少し不安になることもありました。なるべくそのような情報は気にせず、私は私!こんな私に授かって元気にお腹の中でしがみついてくれているまだ小さな小さな命に「離れないでね」と祈っていました。

中期になって松代総合病院へ通院。澤口先生や明るく元気な助産師さんたちとの出逢いで、不安は何もありせんでした。

私の体調も何もトラブルがなく、高齢のママを気遣ってなんて親孝行な子だろうと、早くも親バカことを思って過ごしていました。

陣痛の始まりは、ん?これがそうかな・・・と思うほど弱く、不安でしたが早目に弱いうちに夜9:00に病院に来ました。そのうち陣痛が進み2:00には強い痛みが来て、今思い出しても意識もうろう・・・。でもかけつけてくれた倉石さんと宮尾さんにさすってもらったり励ましてもらたり、本当に心強かったです。

分娩台に移った記憶もうすく、早朝に澤口先生が来て下さり一気にホッとしました。が・・・分娩教室やいろいろなところで、呼吸やイキミは覚えてきたつもりだったのに、全て忘れてしまい外来の小池助産師さんと先生の掛け声に合わせて頑張りました。

最後の最後に赤ちゃんが出てくるのに時間がかかり大変な出産となりましたが、みなさんの敏速な判断と処置で、今こうして元気に帰れるのもたくさんの方たちがいたからだと感謝しています。

あまりこれまで感じたことがなかったけど自分の母もこうしたことを経験してきたのだと感謝します。そして誕生まで一緒に頑張ったわが子にもありがとう。

授乳の指導やマッサージ、たくさんのスタッフの方に手伝って頂き、これで帰宅して大丈夫なのか・・・という不安もなく、なんとかなる!なんとかできる!と思っています。

お産も育児も人それぞれだと思って、楽しみながらわが子にもママの笑顔をたくさん見せていただきたいです。

Sさんより

2回目の流産を経験し、高齢にもなってしまい子どものいない生活を楽しむ人生かなぁ・・・なんてあきれめかけていた私にとって3回目の妊娠は、正直不安の方が強かったです。いわゆる不育症なのではないかと思い、始め1週間に1回の診察に行く度に、大丈夫だろうかとドキドキしていました。澤口先生から「もうここまで来れば大丈夫。もうめったなことでは心臓が止まったりしないから」と言われた時は涙がこぼれてしまいました。念願の母子手帳をもらい、つわりで苦しいときはあったものの、楽しい妊娠生活を送りました。

体力に自信があるし40才目前でも経膣分娩で頑張るぞ!と思っていましたが、10ヶ月になっても逆子がなおらず、帝王切開の予定となりました。

手術後の痛みは想像がつきましたが、陣痛の痛みと出産の痛みを比べれば・・と臨みました。

澤口先生が赤ちゃんを取り出してくれたのが感覚でも分かり、「産まれた?」と思った瞬間、産声が聞え、先生が頭上に赤ちゃんを上げて見せてくれ「女の子だよ。おめでとう。」と言ってくれました。感動はどんな出産でも変わりませんね。身動きが出来ない中、涙が出て困りました。

手術後、流産の時に担当してもらった林先生が何度も「よかったね。本当におめでとう。」と言ってくれました。

術後は当然ですが、まず痛みとの戦いでした。澤口先生の「動きなさい!」のムチ、助産師さんや看護師さんの「無理しないで、できることからやればいいよ。何でも言って。」のアメのおかげで、今、術後5日目ですがもう痛みはほとんどありません。

授乳指導が始まってからは悪戦苦闘の日々です。

赤ちゃんがうまく吸ってくれる前にお乳がパンパンに張ってしまい、助産師さんが毎日指導してくれたり、マッサージしてくれたり、よい体勢をアドバイスしてくれたり。何度もくじけそうになりましたが、その度に「よし頑張るぞ」と前向きな気持ちになれました。

ちょうど1日違いで出産したママとの授乳室での会話も楽しいものでした。

担当だった倉石助産師さんをはじめ助産師・看護師の皆さん本当にありがとうございました。

2人目はもう少しダイエットしてから頑張りますのでまたよろしくお願いします。

Sさんより

2月4日朝、お腹の張り、痛みもあったため病院へ電話。

3回目のお産でも”これが陣痛”というのがはっきり分かりませんでした。ただ上の2人もいるし動けなくなってからじゃ遅いと思い・・・。

主人と長女(5才)次女(3才)と一緒に病院へ。

病院へ着くと陣痛室へ移動し内診。あーまたあの恐怖が・・・と不安でいっぱいでした。

午前中はそこまで強い陣痛はこず、藤本さんがついて階段の昇り降りをしたり、自分でいろいろ動いたり・・・

予定日が2月13日だったので少し早かったかな・・・と思っていましたが、午後にはだんだんと強い陣痛が。

本当に痛くて痛くて私に耐えられる?という思いでしたが、側で上の子2人が「お母さん頑張って!!」と手を握ってくれ、励まされました。

藤本助産師さんもずっと側についていてくださって、苦しんでいる私の背中を「いい陣痛がきているから大丈夫だよ!!もう少し!!」といいながらずっとさすって下さって苦しいながらに勇気がわいてきました。

「全開だから分娩室に行こう」と言われた時、ここからが勝負なのですが体は限界に・・・

何とか分娩室に移動し、分娩台にあがってからは早かった!

赤ちゃんが泣き声をあげながら元気に出てきてくれた瞬間、涙があふれてきました。

母親として私を選んでお腹にやどってくれて、10ヶ月間異常もなく元気に過ごし、無事に産まれてきてくれて本当にありがとう!

入院中、いろいろ声をかけてくださったり、アドバイスして下さったり、スタッフの方々に親切にしていただき、安心して過ごすことが出来ました。松代総合病院で出産でき本当によかったです。

家に帰ってからは、また忙しくなるかと思いますが無理せず頑張りたいと思います。

Iさんより

今となりでスヤスヤ寝ている子が私のおなかの中に10ヶ月の間いてそして私が出産、お母さんになった。

妊娠が分かったとき喜び、少しずつ大きくなるおなか、つわりで思うように食べられない辛さ、胎動、10ヶ月になるとお腹から足がとびでてびっくり、妊娠線が出たショック・・・

すべてが初めてのことで楽しみよりも不安でした。

1月30日~31日に日付がかわった頃からいつもより強い腹痛に”あれ?”陣痛はおなかが痛いと思っていたので腰の痛みにとまどいながら横になった。でもでも深夜1時、2時 痛みはどんどん強くなり10分 5分間隔は短くなった。がまんと不安のピークになり朝6時病院に電話。

助産師さんの「ゆっくりきてくださいね」の言葉にほっとした。

7時に入院し陣痛室へ。

隣には同じ妊婦さん。心強かった。

そこからは正直思い出すのもためらうくらいの痛みのスタートだった。

相変わらずおなかの痛みはなく、周期的にくる腰の痛みにどうしようもない不安の恐怖におそわれた。

もうヤダ、もうヤダ痛いとさけぶわたしをずっとさすって声をかけてお産が進むように足浴までしてくれた藤本助産師さんありがとう。

倉石助産師さんも深夜からずっといてくれてありがとう。

私はたくさんのスタッフの力強い声をききながらこの子を産むことができて本当にありがとうございました。

おめでとう、おつかれさまの皆さんの声にあー産めたんだと実感。

もう二度と経験したくない痛みの記憶が少しずつ子のこのかわいさに薄れつつある現実。^v^


あともう一人、朝の7時からずっと泣き叫ぶ私をさすったり、お茶をくれたりそばにいてくれた主人に感謝しています。本当にありがとう。

立ち会った気持ち、へその緒を切ってくれた気持ちはどうでしたか?

新米パパ、ママですがよろしくお願いします。

助産師さんは素敵なお仕事ですね。ありがとうございました。


出産が終わってホッとする間もなく、次にやってきたのはおっぱいの不安でした。

おっぱいは全く出ずうまく吸ってくれず、私のおっぱいは出ないんじゃないか、だめなお母さんなんじゃないか・・・。

そんな不安でいっぱいだったとき、宮尾助産師さんが「大丈夫でるおっぱいよ~♪」と言ってくれてホッとして泣いてしまった。

他の助産師さんも授乳していると「どう?」って見に来てくれたり、抱き方をアドバイスしてくれたり、マッサージしてくれたり、うれしかった。

宮尾助産師がマッサージしてくれて”ピュー”っとおっぱいが出てびっくり。

あー私のおっぱい出るんだぁとうれし泣き。


泣いてばかりの私でしたが、悲しい涙ではなく、うれしい涙をいっぱい流した1週間でした。

これからいろんなことがあると思うけどマイペースで育児を楽しみたいと思います。

Kさんより

3回目の出産でしたが、一番大変だったと落ち着いた今、そう思います。

「これ!この痛み!!」という陣痛が来た時の恐怖感、不安感。

分娩台に上がり、そろそろかと思うぐらいの陣痛がくるのだがなかなか産まれず、意識がもうろうとしてくる中、助産師さんたちの声がとても心強く、ありがたかった。どうにか無事出産できました。

3人目だからと思っていたけど、3人目が一番大変でした。

でも頑張ったかいあってとってもかわいい男の子に会うことができました。

スタッフのみなさん本当にありがとうございました。

とても心強かったです。声だけでもこんなにも”力”をもらえるのかと驚きです。

助産師さんたちの手のぬくもりは不安な気持ちや痛みを取ってくれる「まほう」みたいだなと思いました。

Mさんより

今回4人目の出産でした。仕事と家事をしながらの妊娠生活は本当に大変でした。主人を始め、長女(11才)、次女(9才が)協力して家事を手伝ってくれました。

今回の出産でも、池田助産師さんを始め、澤口先生他スタッフの方々など、多くの方々の支えがきつい出産にも耐える力になりました。

子どもは宝です。家族の絆を改めて感じさせられました。

出産て素晴らしい経験ですよね!

支えてくださった全ての方達に感謝いたします。

Kさんより

今、このノートを書いている私の横にいる子が10ヶ月もお腹に一緒にいたんだと思うと不思議に思え、身を持って生命の素晴らしさを感じています。

初めての出産で、何もかも初めてのことで、本当にこの私が子どもを産めるのか?と思いながら妊娠中過ごしました。私の妊婦検診のテーマは常に「体重」について。増える度に、私と私の赤ちゃんのためにしかってくれました・・・。また増えすぎないよう励ましてくれたことを感謝しています。

分娩学級も雑誌や本ではわかりにくい実際の流れがわかり、ビデオは長野松代総合病院で撮影されたリアリティーのあるもので参考になりました。

出産は、今までの人生で一番”痛い”体験であったと共に感動という言葉ではうすっぺらい位何とも言い表せない体験でした。

予定日は1月23日でしたが、私の痛みとの戦いは1月15日に訪れました。1月14日のおしるし。1月15日深夜からの弱い陣痛。1月15日の19時に入院。病室では陣痛が来る度、主人が腰をさすってくれました。そして1月16日深夜2時、陣痛室へ。しかし明け方陣痛が遠き8時に病室へ帰室・・・。その1時間ごの9時に陣痛再来。再び陣痛室へ・・・。と夜通し一緒に付き添って頂いた助産師さんにはご迷惑をおかけしました。

この出産で、澤口先生からお腹を触りながら「上手じゃないか」と声をかけてもらったこと、師長さんが私のそばで応援してくらたこと。外来の小池助産師さんが息のタイミングを教えてくれたこと、そして主人がそばで泣きながら腰や首を支えてくれたこと、その他大勢の助産師さんが「病棟で待てるね」と声をかけてくれたこと、産まれたあかちゃんのお世話をしている姿、分娩室でのこの光景は一生忘れられません。

赤ちゃんが出てきてくれたとき「がんばってくれたね」と涙がでました。分娩室のみなさんの助けと赤ちゃんの力が私の力になりました。出産という素晴らしい体験ができたことをうれしく思います。


出産後も助産師さん、看護師さんが廊下や授乳室で「困っていることはない?」など何気なく声をかけてくれたり、気にかけてくれたりしてくれ、母乳がうまく出ないなどの悩みや、不安定な気持ちをサポートしていただき、とても安心して入院生活送れました。

Sさんより

2人目の出産でした。長男は病気を持って生まれました。(現在2歳、元気に成長しています。)

2才差の2人目が欲しいなと思っていたところ5月に妊娠が判明。すごくうれしかったけど元気に成長し生まれてくれるのかなぁ・・・とそればかり考えていました。

妊娠中、検診の度に「元気だよ」といわれ安心しました。

ちょっと不安な事があった時でも澤口先生に相談すると「大丈夫、大丈夫」と言われ、その言葉でとても気持ちが落ち着きました。帝王切開での出産でしたが、元気な産声を聞き、赤ちゃんの顔を見たときにはホッとしました。病室に戻るとすぐに我が子を抱くことができ、感動しました。

退院の際には、スタッフの皆さんから「頑張りすぎないで!」、「無理しなくて良いよ!」と言われ気持ちが楽になりました。

頑張り過ぎない様に子育てを楽しみたいと思います。

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長野松代総合病院

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